尾見怜:五〇九号分室

小説・映画・音楽の感想

情報量の暴力 大混乱を楽しめる素質を磨け  トマス・ピンチョン:競売ナンバー49の叫び

ピンチョンはね……文学をかじろうとする人間にとっては憧れなんですわ。
二十歳なりたてなのに度数高い酒を飲んでみるとか、アマチュア登山家のくせにスポンサー集めてエベレスト挑んじゃうとか。
結果は無残です。難解すぎて読めるわけない。似たような作家にグレッグ・イーガン小栗虫太郎がおります。
この三人のなかならピンチョンが一番マシかな……リーダビリティをある程度気にしているという意味では。
本作はさらに、ピンチョンの中で一番とっつきやすいです。物語の構造がはっきりしている。主人公も一貫している。次に読みやすいのはLAヴァイスかなぁ。
言っとくけどわたしもニワカだからな!期待しないでね!

自分が物語に対して持っている回路とはぜんぜん違うものを積極的に取り入れていくと、よくわかんないけどたのしいよ。最初の拒否反応もふくめて。
同じジャンルに凝り続けるのもいいけどさ。
でもまじめに読みすぎるのも禁物。泥沼とはこのことです。ピンチョンはニヤニヤ笑っているでしょう。
巻末にある翻訳者の60ページにのぼるすさまじい量の訳注も、ピンチョン考察病末期患者のカルテとして読めます。
わからない言葉をわかりやすくするのが訳注だろ!もっと難しくしてどうする!佐藤さん、あなたつかれてるのよ。

あとあきらかに笑かそうとしてます。ピンチョンには芸者の心が少なからずあります。脈絡なさ過ぎてわらえない、ふって落としてが笑いの基本や!というのもわかりますけど、
そこはもうピンチョンいい加減にしろ!

とか、

さっきからなにを長々と言ってるんだ!

とか、

ずっと意味わからんぞ!
という慈愛に満ちた突っ込みを入れながら読みましょう。

いずれピンチョンが文学のスタンダードになる時が来る気がしますし慣れておこうね。

 

この作品はエディパ・マースという若妻が、昔付き合ってた大富豪が死んだという連絡をもらうところから始まります。なにやらあたし遺産相続人に指名されたらしい。どういうこと?という導入。
そっからもうカオスです。その大富豪が何をしてきたのか、調べていくうちに大富豪の背後にある謎の組織、「トリステロ」の存在が浮かび上がります。
それは今や確立されたアメリカの郵便システムの前にあった、16世紀ヨーロッパ由来の地下郵便組織だった……そいつらは今も、匿名の通信を闇の中でやり取りしているのだ……
偽造切手、ラッパのマーク、「WASTE」の文字、トリステロの名が出てくる戯曲「急使の悲劇」、唐突な物理学用語マックスウェルの悪魔……
様々なシンボリックな意匠がこれでもかと表れるのだけども、組織や大富豪の真実は見えてきそうで見えてこない。手がかりを追えば、次の手掛かりが表れる。
それが複雑に絡み合い整理が次第に難しくなっていく。夫の様子もおかしくなってきた。エディパの世界はもはや収拾つかない。
情報量が個人の域を超えて、ほぼ狂人(パラノイア)となったエディパはどうなるのか?
大混乱の中唐突に迎えるラストシーンで、あなたはロットナンバー49の叫びをエディパとともに聴くのだ。

 

 

うん……

 

 

は?

 

 

 

わかってるよ、ピンチョンはあらすじを語ることさえゆるしません。

というのも、現代はポスト・トゥルースの時代と言われております。何が本当なのかわからん。科学も何やら怪しいぞ、量子力学は人間の直観的にわけわからんし。
マスコミは構造がレガシー過ぎていわずもがな。
今まで盲目的に信じてきた資本主義もリーマン・ショックであぼん。歴史も教科書もあてにならない。いつのまにやら聖徳太子もいなくなるかもだし。
"なにもかもが都市伝説や陰謀論レベルに信ぴょう性が無くなってる!箱の中に猫を入れてみたはいいけども、猫が生きているか死んでいるのかさえ確定しないのだ。
わたしたち何を信じればいいのん!
それをずっと茶化し続けていたのがピンチョンです。エビデンスのない情報が浮遊する浮世に酔っぱらえおまえら、と。
大きな物語」がぶっ壊れたのをいいことに、2000年代のハルヒに代表されるセカイ系の自意識過剰も根拠なしな万能感を持つティーンにはたのしいけど、あいにくいまの世界は貴様一人の気持ちで変わるほどの情報量ではない。
2次系のカオスの中で、真偽不明、予測不能な量子の動きが今まで見たことのない表現でもって背後からぶんなぐってくる。
スピルバーグガンダムメカゴジラを戦わせる未来があっという間に実現して、あっという間に陳腐化している現在。なんちゅうことだ。
もうかんがえることをやめて、ふざけたおすしかない。うへへ。

町田康がピンチョン好きなのもわかりますね。あのひともどこまで文学をぶっ壊していいのか、というのを模索しているひとなので。
この世の99%がしょうもない、ということに気づいているひとが作るものは冷めていておもしろい。

新潮の全集は全部表紙カッコよすぎ。高いのに集めたくなるから勘弁して。ていうか集めつつある。破産が近いぞよ。

 

競売ナンバー49の叫び (Thomas Pynchon Complete Collection)

競売ナンバー49の叫び (Thomas Pynchon Complete Collection)